2015年08月10日

惹かれる「春秋山伏記」


土着的な風習や昔ばなし的な世界、日本の原風景が頭の中に絵として浮かぶような小説が大好きなのですが、中々そういった世界と読み応えを合わせたような作品には巡りあいません。昔の名作では岡本綺堂の「青蛙堂鬼談」などの怪談ものや田山花袋の「重右衛門の最後」、近作では井上ひさしの「新釈 遠野物語」や朱川湊人「いっぺんさん」などお気に入りですが、時代小説の大家、藤沢周平の「春秋山伏記」も他の城下町や武士をテーマにした作品とひと味ちがう、山形県荘内地方の土着的な寓話で、何度も読み返すほど好きな作品です。

あらすじは、山間の小さな村に羽黒山から山伏がやってきます。長年住み着いて信望を集めていた偽山伏を追い出し、はじめは村人からうさん臭く思われていましたが、狐憑きを直したり、間男騒ぎをもみ消したり、嫁の世話などに霊験あらたかな力を発揮し、次第に村人から畏怖と尊敬の念を抱かれるようになります・・。

○験試し○狐の足あと○火の家○安蔵の嫁○人攫い、の五編からなる連作短編作品で、「新釈 遠野物語」にも通づる昔ばなし的な世界もあり、消えてしまった民「サンカ」が絡んだ古き時代の荘内地方に伝わる習俗を味わえる作品となっています。文庫表紙の村上豊氏のイラストも大好きです。




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2015年01月13日

読書のすすめ

小説を読まない人が増えていますが、これは本当にもったいないことです。コミックや映像作品があれば十分、という人もいますが、大きな違いは内容の濃さ、深さもさることながら、なによりも自分の脳内ですべて考え、描くことができるところです。風景、色合、登場人物のイメージなどすべて自分の頭の中で作り上げることができます。

コミックだとストーリーはいいけどデッサン力のない絵で台無しになることもありますし、映像作品だと世界観はいいのに登場人物や風景が納得出来なかったりと幻滅することが多々あります。小説ではそれらすべて自分の思いのままイメージできるので、自分の思い描く人や景色を投影することも好き勝手なので、そういった不満はなくなり、より話の世界に没頭できます。

もちろん情景描写などの文章表現のうまさは、コミックや映像作品とは比べられないほど豊かですし、同じ10ページでもコミックの何倍もの内容を得られるのでお得でもあります。

コミックや映像作品も楽しい作品がたくさんあるので、その楽しさも必要ですが、小説の魅力は得難いものです。読み物としてラノベから入るのもいいですが、ラノベはコミックの文章化的な世界なので、だったらコミックのままのほうがいいように思います。やはり文章世界を堪能できる”小説”を読むことをお薦めします。以下私の好きな小説をいくつか紹介します。

●青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂
百物語形式の怪談集の名作「青蛙堂鬼談」です。失われた日本の空気
を濃密に体験できる怪談集で「近代異妖編」も一緒にお薦めします。



●岬にての物語 - 三島由紀夫
表題作と「月澹荘綺譚」の世界観が大好きです。晩年の極右化による
最悪の結末…がなければ、どんな作品が生まれていたのでしょう。



●江戸川乱歩傑作選 - 江戸川乱歩
乱歩初期の短編は名作-代表作揃いです。推理小説と違い、大正・
昭和初期の探偵小説は、怪奇小説としても楽しめます。



●新釈 遠野物語 - 井上ひさし
遠野物語のオマージュでありながら、井上ひさし独自の”滑稽”な
民話的怪異譚で、何度も繰り返し読んでます。



●棘まで美し - 武者小路実篤
悪人の出てこない武者小路文学。屈折した主人公の
周りも善人だらけで理想郷のような世界です。



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2014年10月21日

生々しく恐ろしい羆嵐

東日本大震災後に「警告の書」として増刷された「三陸海岸大津波」など、大事件や事故を周到に取材した記録文学で有名な吉村昭氏の「羆嵐」を読みました。大正期に起った日本最悪のヒグマによる獣害事件を元に描かれた作品で、フィクションでは得られない圧倒する力を持っています。

大正4年(1915年)冬、北海道の苫前村、三毛別、六線沢(すべて現苫前町)の開拓村に冬眠の時期を逃したヒグマが現れます。冬穴を見つけられなかった”穴持たず”のヒグマは飢えているため凶暴で、わずか2日間のあいだに死者6人、重傷者3名を出す大惨事となってしまいます。さらなる被害を恐れ、麓の村民そして警察にヒグマ退治を要請しますが、山の中ということもあって勝手が分からずヒグマに翻弄され続けます。そこで村民は、酒乱で関り合いを避けてきた熊撃ち名人の銀四朗に助けを求めることにします…。

現実に起こった事件(実際は開拓民7名が死亡)であり、人が餌として食われる恐怖は、ホラーとは違う生々しさで迫ってきます。現在、苫前町三渓には「三毛別ヒグマ事件復元現地」があり、当時の開拓民の住居や襲ったヒグマの復元を観ることができます(詳細は下記リンク参照)が、冬は極寒になる地で、あのような簡易な家で開拓をしながら生きていたのもすごいことです。たった100年前のできごとです…。

●北海道苫前町
三毛別ヒグマ事件復元現地
http://www.town.tomamae.lg.jp/section/kikakushinko/lg6iib0000000ls1.html





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2014年04月27日

現代民話考

「ちいさいモモちゃん」等で知られる児童文学家の松谷みよこ氏の「現代民話考」。昔話や民俗学に興味があって怪談や不思議な話が好きな私には名作といってもいいシリ−ズです。

全12巻あり、いろいろな地方の普通の人々から録取した不思議な体験が書かれています。狐にだまされた話や妖怪に出会った話などが、どれも言い伝えのような古い話でもなく、作家やオカルト、宗教系の人の話だったりするのでもなく、録取した時に実際に生きていたごく普通の人々の体験という所が、この本の魅力でもあります。

語り口が一部方言で分かりづらいところもありますが、逆に生きた話としての貴重な記録であり、いろんな思いに駆られます。初版は30年近く前なので、語り部たちの多くは、明治や大正、昭和の40年くらいまでの、ある意味何百年も続いた”かつての日本の暮らし”を送った人々です。平成の今この録取をしてもこの50年で劇的に暮らしが変化したため(特にテレビによる画一化と列島改造で)、ここまでバラエティに富んだ記録はできないでしょう・・。

12巻は以下のような魅惑のタイトルがついているので、興味ある方は一度読んでみてはいかがでしょうか。

1巻:河童・天狗・神かくし
2巻:軍隊・徴兵検査・新兵のころ
3巻:偽汽車・船・自動車の笑いと怪談
4巻:夢の知らせ・火の玉・ぬけ出した魂
5巻:死の知らせ・あの世へ行った話
6巻:銃後・思想弾圧・空襲・沖縄戦
7巻:学校・笑いと怪談・学童疎開
8巻:ラジオ・テレビ局の笑いと怪談
9巻:木霊・蛇・木の精霊・戦争と木
10巻:狼・山犬・猫
11巻:狸・むじな
12巻:写真の怪・文明開化






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2014年04月15日

小池真理子ホラー

いろんなジャンルの小説を読みますが、怪談、ホラー・怪奇小説はお気に入りです。古いものでは、大好きな岡本綺堂、大正昭和初期の探偵小説の怪奇モノ、SF系の小松左京や半村良などに名作がたくさんありますし、現役作家では、皆川博子や高橋克彦、宮部みゆき、浅田次郎、朱川湊人などが良質の作品を出しています。

そんな現役作家の中で、作品の質、世界観ともに大好きなのが小池真理子です(官能的な恋愛小説でも有名ですが・・)。特に短編に良質の情感あるものがたくさんあります。

孤独な女子大生が散歩中に花の咲く家に住む幸せそうな家族と知り合い、希望と健康を取り戻しますがその家族は・・「夜顔」。飛行機事故で家族を失ったアパートの管理人”わたし”が、母のように学生のノボルの世話を焼きますが、ある真実を告げられる・・「生きがい」。料亭の個室でプロポーズされている中、事故で亡くなった男の後ろ向きに正座している姿が見える「康平の背中」。自分が邪魔だと思った人は神かくしのように消えてしまい、近くの神社で終わりのない鬼ごっこをくり返す「神かくし」。など他の作家では味わえない独自の物語がたくさんあります。

ホラー・怪奇小説は、作家自身がオカルト系で客観的な描写ができず、”霊を信じない科学信奉者に霊体験させ、霊の存在を信じさせる”、というありがちな世界観だったり、そういったものを信じ切ってるため多様な世界に広げられずに、オカルト雑誌の霊体験を小説風にまとめただけのもの、スプラッタ的で後味が悪いものが大多数です。良質の”情感と物語のある”ホラー怪奇小説を探している方には、小池真理子のホラー・怪奇作品をお薦めします。





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2014年03月20日

「彩色江戸物売図絵」の魅力

江戸時代の風俗絵をより分かりやすくきれいにまとめ、質の高い作品として観ることができる、三谷一馬氏の「彩色江戸物売図絵」を紹介します。

今は消えてしまった職業が江戸時代にはたくさんありましたが、その中で、”物売”と呼ばれる人々はほぼ消えてしまいました。今は便利になったといいながら、自ら出歩いていかなければなりませんが、江戸時代の都市部は、家々に”物売”がやってくる、ごみ集めがやってくる、糞便を買いにやってくる、となかなか今以上に便利でエコな社会でした。

その家々や町筋にやってくる”物売”たちは、魅力的な風貌で人を惹きつけていました。そんな現実に江戸時代にいた、”物売”たちの生き生きとした姿を丁寧に描いた図絵が、三谷一馬氏の「彩色江戸物売図絵」です。毎日こんな人たちが道々を往来している江戸時代、やはり魅力的な時代です。


七味唐辛子売り
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狐の飴売り
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耳の垢とり
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幽霊の物貰い
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すべて (c) 三谷一馬/中央公論社





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2014年02月26日

名品「猫谷」

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少年マンガやコミケに行く人たちには受け入れられないでしょうが、乱歩や久作、アングラ演劇、そしてあの「漫画ガロ」の世界が好きな方は、この花輪和一の「猫谷」を名品と捉えるでしょう。

中世あたりの世界を舞台に、強烈な登場人物が出てくる短編集です。仏教説話的な世界をさらにトリップさせ、とてつもない異形世界を形成しています。グロテスクな、人によっては不快な描写も、ぶっ飛び過ぎていて逆に楽しくなってしまう、そんな花輪マンガの”凄さ”を堪能できる傑作集です。

この世界にハマってしまう方は、その他の花輪作品、そして丸尾末広作品の恐ろしくも楽しいディープな耽美世界にいざなわれることでしょう。なお有名なことですが、「ちびまる子ちゃん」に出てくる花輪くん、丸尾くんはこの二人から名付けられています。




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2014年01月25日

失われた近代建築

海外では、歴史的建造物でない普通の建築物でも100年どころか300年400年は当たりで、何百年も前の偉人の生家が市街地に普通にあったりしますし、築100年を越えたアパートメントのほうが新築のものより価値があったりします。日本では築50年を越えると、老朽化したので解体-高層化、というシステムになっているようで、街の景観も考えながら、修繕して時代に合わせて大切に使う、という思想がありません。壊して建て替える所から生まれる新しい利益ばかり考えているようで、使い捨て大国らしい思想です。

ここで紹介する講談社の「失われた近代建築」は、そういった思想で失われた、すばらしい近代建築が多数載っています。たった50年.60年で解体するには惜しい、見るものを圧倒する力を持ったものばかりです。

日本最初の超高層ビル=霞が関ビルや西新宿の高層ビルの古いものがもうすぐ50年を迎えますが、無機質が近代的デザインとされた後に建てられたビル群で、高さからの圧迫以外感情に迫ってくるものがなく(思い出の場所としてはあるかもしれませんが…)、建て替えが決まっても、ここで紹介する建造物のような喪失感は出ないでしょう。


●大阪ビルディング東京分館一号館
1927年竣工 - 1986年解体
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(c) 増田彰久/藤森照信/講談社

●東京海上ビルヂング新館
1930年竣工 - 1986年以前解体
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(c) 増田彰久/藤森照信/講談社

●日本郵船ビル
1923年竣工 - 1975年解体
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(c) 増田彰久/藤森照信/講談社

●第一銀行本店
1930年竣工 - 1981年解体
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(c) 増田彰久/藤森照信/講談社






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2013年11月13日

群馬のおきて

故郷群馬で生まれ育った時間より、東京・横浜で過ごした時間のほうが多くなってしまいましたが、いまだ最下位とかマイナーとか田舎の保守王国とか、群馬について言われると気になって記事を読んでしまいます。たしかに私の生まれた東毛地区=鶴の首付近(この表現自体群馬県民しか分かりませんが…)は、自然もなく工業団地と国道沿いに家電店とファミレスとパチンコ屋が並ぶ、風情や田舎の郷愁風景とは縁遠い所です。それでも新田(故郷の地域です)から見た赤城山は美しいですし、焼きまんじゅうは、”変だ”と言われてもおいしいなつかしの味で、生まれ育った所としての郷愁は常に感じます。

そんな屈折しながらも群馬を愛おしむ群馬出身者による群馬本「群馬のおきて」が、ちょっとブレークしているようです。授業開始の号令は「起立、注目、礼、着席」だったり、学校の運動会に屋台が出る、など改めて思えば確かに変ですが、当時はそれが当然の情景でした。自虐的ですが、群馬県民、群馬出身者、群馬出身者と付き合ってる方はニンマリとしてしまう本でしょう。


日経トレンディネットより
●“群馬の何がそんなにダメなのか”の検証本『群馬のおきて』がブレーク中
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20131018/1052959/





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先日久しぶりに訪れた赤城山の覚満淵


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あかぼり小菊の里



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2013年09月21日

名品「扇野」

時代小説はちょっと前までほとんど読まなかったのですが、何かの短編集に入っていた山本周五郎作品とNHKでやったドラマの影響で原作読みした藤沢周平の「蝉しぐれ」がきっかけで、好きな小説のジャンルの一つになりました。紹介する、山本周五郎の「扇野」も時代小説ならではの味わい深い短編集になっています。

時代小説の魅力は、現代では陳腐になってしまうような情や純粋なまでの愛を物語にしているところです。この短編集「扇野」は、そういった美しいまでの愛情もの9編が収められています。”時代小説はちょっと”という方は、これを試しに読んでみるのもいいでしょう。また心を清々しくしたい方にもお薦めです。ただ、涙腺の弱い方は、電車の中で読むと周囲の注目を集めてしまうので注意が必要です。秋の夜長にぴったりなので、就寝前にふとんの中で1・2篇読むのがいいでしょう。






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