2013年05月20日

魅惑の村田喜代子

「硫黄谷心中」「耳納山交歓」「鯉浄土」「鍋の中」「蟹女」「お化けだぞう」、作品名だけで惹かれてしまいますが、内容も村田ワールド全開で、不思議な空気感と奇妙な世界にどっぷり浸れます。

映画「蕨野行」や黒澤明の「八月の狂詩曲」(原作「鍋の中」-かなり内容は違います)など、話題作もあり誰もが認める名作家ですが、作家名だけで買ってもらえる商業的作家ではないので、絶版も多く(文庫化も少ない)、なかなか手に入らない作品もあります。

私が特に好きなのは、「耳納山交歓」「硫黄谷心中」「お化けだぞう」です。「耳納山交歓」は、耳納山麓の別荘地キクラゲ村の住人と山深く時の止まった隠れ里に住むヒラタケ村の人々との不思議な交流を描いた心温まる作品。「硫黄谷心中」は、昔心中の名所だった硫黄谷を舞台に、澤田屋旅館に集まった宿泊客と旅館の父娘、従業員のお婆さん、さらにはそこで昔起きた3組の心中が交錯する作品。「お化けだぞう」は、宝永六年、日本橋の浜田屋の主人藤兵衛と妻のタキや手代たちが旅先で、草木による怪異を体験する連作短編集です。

どれも不思議な作品で、他の作家では味わえない読後感が残ります。純文学系作家なので、誰もが単純気軽に楽しめる作品とはいえませんが、ちゃんとした小説を読んでる方にはとても魅力ある作品でしょう。「耳納山交歓」「お化けだぞう」など図書館では借りれますが、絶版なのかなかなか売っておらず古書での購入になってしまいます。こういう小説こそ出版し続ける価値ある小説だと思います…。





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2013年03月09日

幕末の悲しき青春「合葬」

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(c) 杉浦日向子/筑摩書房


江戸城無血開城後、上野寛永寺に立てこもった彰義隊とそれに関わってしまった若い侍たちを主人公にした、杉浦日向子の日本漫画家協会賞優秀賞作品「合葬」を紹介します。

蟄居する憔悴した慶喜を見送ったことから彰義隊に入る「秋津極」、養家を出て行き場所のない「笠井柾之助」、長崎から所用で実家に戻った「福原悌二郎」の三人を中心に、あっという間に上野の戦いに巻き込まれた姿を描いています…。

政治的な視点はほとんど短い説明書きのみで政治的重さをメインにしておらず、時代と若さに翻弄される若者達の姿を淡々と描写していて、幕末の歴史を知らなくても楽しめる作品になっています。

杉浦日向子のマンガが、他の武士や江戸を舞台にしたマンガと大きく違うのは、髪型やファッション、しきたりや風俗など時代考証がちゃんとしている所です。ちょんまげや着物も武士と商人の違いくらいでみな同じ感じで描かれたりしていますが、実際は時代や年齢によりかなり多様で、そういったこともちゃんと描き分けています。

江戸好きの私としては、明治によって古い体制を維新し新しい時代になった、という教科書的常識が今ひとつ納得できません。明治政府の中心薩長が攘夷!といって西洋文化を敵視していた時に、西洋型の政治や軍備を始めていたのは幕府側です。それをそのまま明治政府は受け継いだだけです。幕府側が勝っても文明開化は間違いなく起きていたでしょう。黒船がやってきたことで、長く続いた日本独自の文化は終焉し、どちらが勝っても西洋化したのです…。




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2013年01月09日

雑誌「コドモノクニ」はすごい

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(c)ハースト婦人画報社(旧アシェット婦人画報社)


「コドモノクニ」は、1922年(大正11年)から1944年(昭和19年)まで、287冊が刊行された児童向け雑誌です。

高い志、著名な詩人や画家による童謡やグラフィックデザインとイラストは、今の大人の眼で観てもまったく色あせず、逆に今の児童雑誌にはない、圧倒的な美しい世界観が広がります。

見ているだけで、心が豊かになってくるような童画の楽しさ満載の「コドモノクニ」で育つのと、大人の化粧をした子供が掲載されるような児童雑誌で育つのとでは、人として大きく変わってしまうでしょう…。


●コドモノクニ
ギャラリー、童謡など童画の魅力あるコンテンツが充実しています。
http://www.kodomo.go.jp/gallery/KODOMO_WEB/index_j.html





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2012年12月06日

いろんな、冠・婚・葬・祭

会社員や公務員など普通の職業に就いていれば、自然と身につく社会的マナーですが、広告会社の制作室というちょっと一般常識とズレた所にいて、その後は家で絵を描いたりロゴ作ったりと、”社会的なお付き合い”から学ばずにきたので、精神が学生の頃から成長しておらず、今ひとつそういったマナーを知りません。特に冠婚葬祭の決まりごとなど、ほとんど分からず、婚葬の禁忌や包む金額の常識すら分からなかったりします。

そんな不可解でやっかいな「冠婚葬祭」をテーマにした、中島京子氏の小説「冠・婚・葬・祭」を紹介します。出版社の簡潔な説明を記載すれば、
冠...地方新聞の新米記者が成人式を取材。そこから事件が始まる。
婚...引退したお見合いおばさんに持ち込まれた2枚の写真の行末。
葬...社命で葬式に連れて行ったおばあちゃん。その人生とは。
祭...取り壊しを決めた田舎家で姉妹は最後のお盆をする。
といった内容です。

どれもそれぞれ面倒な事に巻き込まれる話で楽しめる作品ですが、特に印象に残ったのは、祭 -「最後のお盆」です。亡くなった母が住んでいた故郷の家を手放すことにした三姉妹は、最後にお盆をその家で、昔のようにやってみようとします。なかなか昔の作法を思い出せないでいる中、時間が交錯し、亡くなった懐かしい人たちが訪れる不思議な怪異譚になっています。

めんどくさく大変な冠婚葬祭ですが、ある意味人生の劇的なドラマの場面でもあります。無駄なものや弊害もありますが、大切な事であることは間違いありません。





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2012年11月26日

『坊ちゃん』の時代を読む

関川夏央/谷口ジロー氏による「『坊っちゃん』の時代」-全五部-を読了しました。コミックとしてはちょっとヘビーですが、丁寧に描かれたストーリーや絵、個性ある著名人物など、明治の文化に興味ある方には楽しめる良品だと思います。

第一部「『坊っちゃん』の時代」では、坊っちゃん執筆時の夏目漱石とその周辺を。第二部「秋の舞姫」では、二葉亭四迷と森鴎外の舞姫事件を。第三部「かの蒼空に」では、借金と浪費を繰り返す石川啄木を。第四部「明治流星雨」では、幸徳秋水と管野須賀子に襲う大逆事件を。第五部「不機嫌亭漱石」漱石の修善寺温泉での「修善寺の大患」から最晩年までを描く、読み応えある作品となっています。




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2012年10月18日

巷説百物語に浸る

ページ数のすごさからなかなか読む踏ん切りがつかない方も多い京極夏彦作品ですが、読み始めるとそれほど長さを感じない魅力ある世界が広がっています。

「姑獲鳥の夏」などの百鬼夜行シリーズも探偵小説的で楽しいですが、江戸好きの私は、まず巷説百物語シリーズを紹介したいと思います。

江戸時代天保の頃、百物語を集めるため全国を行脚する戯作者志望の山岡百助は、「小股潜りの又市」、「山猫廻しのおぎん」、「事触れの治平」など一癖も二癖もある人物たちと出会います。彼ら御行一味は、闇に葬られる悪業を暴く正体不明の者たちで、妖怪仕立ての大胆な大仕掛けで、罪人を探し裁いてゆきます。各話は、妖怪画集「絵本百物語(桃山人夜話)」の妖怪がモチーフになっていて、その妖怪の挿絵が初めに紹介されています。その挿話を読んでから読み始めるのがいいでしょう。

シリーズとして、「巷説百物語」と続編「続巷説百物語」、明治を舞台に、”一白翁”と名乗る山岡百介が昔語りをしながら事件解決に向かう直木賞作品「後巷説百物語」、百介に出会う前の、駆け出しだった又市たちの物語「前巷説百物語」、又市の仲間、靄船の林蔵を中心に上方を舞台にした「西巷説百物語」となっています。

基本バックストーリーのある連作短編ですが、話は1話完結なのでシリーズ順に読む必要もありません。再度読む場合は、「前巷説百物語」から時代順に読むのもいいかもしれません。





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2012年10月04日

赤江瀑 妖変

作家名「赤江瀑」。作品には「獣林寺妖変」「野ざらし百鬼行」「鬼恋童」などなど…。もうこれだけで読まずにはおれません。耽美・幻想、人の中にある”魔”の世界を描かせたら、この人の右に出るものはいないでしょう。

熱狂的ファンを持つ赤江瀑ですが、読む者を選ぶ作家でもあります。濃密である意味くどい文体と、時に歌舞伎の世界、時に刀鍛冶の世界などまったく身近でない呪縛世界が舞台だったり、かなりめんどくさい精神を持った人物だったり…。コミックのように気楽に読めるライトノベルズが好きな人は、拒絶反応を起こし決して理解できないでしょう…。

谷崎や鏡花、三島、今の作家なら皆川博子など独自の和の世界観と深い濃密な空気が好きな方は、どっぷりハマることになるでしょう。今年突然亡くなってしまいましたが、報道は小さいものでした…。時代が違えば、”大”の付く作家として名を残した事でしょう。





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2012年09月22日

大正から平成の風景変化

誠文堂新光社による「ニッポン時空写真館 1930-2010」は、数多くある今昔比較本の中でもかなり正確な地点での今昔比較写真になっていて、風景の変遷がよくわかる名本です。

今昔比較といいながら、角度も違えば、中には山並みで少し探せば旧写真の地点を探せそうなのに、”この辺り”程度の写真を平気で原稿にして出しているマニア心を裏切る本が多いのですが、この本の作者二村正之氏は、大正・昭和初期の「日本地理風俗体系」に掲載された写真を元に、ほぼ同じ場所の現在を探しだし、”本当”の今昔比較写真本になっています。

下にいくつか今昔写真を引用紹介しましたが、80年の風景変化は、駐車場、バラバラな建築デザイン、工場など現在が殺風景で絵にならない劣化した風景になってしまっていることがわかります。

このこだわりで二村正之氏には、ぜひベアトなどの幕末写真の今昔比較本を作って欲しいものです。



- 福島信夫山 -
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(c) 二村正之/誠文堂新光社

- 吉原大門近く -
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(c) 二村正之/誠文堂新光社

- 河合橋と富士山 -
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(c) 二村正之/誠文堂新光社






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2012年09月02日

雨柳堂夢咄の和世界

一時期ほとんど読まなかったコミックを最近は読むようになりました。といっても少年誌に載ってる「ONE PIECE」とか発行部数何百万のものはぜんぜん読んでなくて、水木しげるやつげ義春だったり、花輪和一、諸星大二郎、杉浦日向子だったり、ちょっと偏ったコミックばかり読んでいます。

そんな中で、少女漫画系のコミックも数少ないですが読んでいます。連れが読んで自分も気に入ったら読む、という感じですが、今も進行中で読んでるのは、波津彬子の「雨柳堂夢咄」と今市子の「百鬼夜行抄」です。最初は絵のタッチや尾黒・尾白キャラの魅力で「百鬼夜行抄」の方がよかったのですが、巻を重ねるごとに視点移動が散漫になったり、流れが途切れたり、ストーリーが分かりづらくなって、あまり楽しめなくなっています…。逆に「雨柳堂夢咄」はタッチにクセがあってデッサン力もちょっと微妙ですが、ストーリーが安定していて、話としてとても楽しめます。

舞台は大正か昭和初期あたり。骨董屋・雨柳堂に集まる”物”に憑く”者”たちの想いを感じ取ることのできる、骨董屋店主の孫の「蓮」を橋渡しに、骨董を手にした人々の不思議を描く一話完結のホラーファンタジーといったコミックです。誰が読んでも楽しめる作品ではないでしょうか。




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2012年08月18日

朱川湊人ノスタルジー

「ノスタルジック・ホラー」と呼ばれている朱川湊人の作品を紹介します。ホラーといっても、怖い話はほとんどなく、古き良き日本の暮らしの中での不思議な怪異譚というものが多く、読後感は暖かな気持ちになります。

多くの作品が昭和30〜40年代、好景気の中、日本がいろんな問題をかかえながらも、まだ昔から続く生活が残っていた時代が舞台です。

お化け煙突の見える下町、過去を「見る」ことができる夭折した姉鈴音と過ごした日々を妹和歌子が語る連作短編集「わくらば日記」。

いっぺんだけ願いを叶えてくれる神様を探しに山へ向った少年達の話など、田舎を舞台にした怪異短編集「いっぺんさん」。

不思議な出来事が起きる東京の下町アカシア商店街を舞台に、60年代のヒット曲と絡めた切ない短編集「かたみ歌」。

その時代を知らなくても、その場所を知らなくても、なんともいえない懐かしさとある種のうらやましさを感じてしまう名作たちです。「お化け煙突」や「小鳥のおみくじ」など、響きだけでそんなものがあった時代に惹かれてしまいます。










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