「若き日の思い出」武者小路実篤
今の恋愛小説とはまったく違う、読んだ人が健全になる、というか理想郷の世界の恋愛を描いた小説です。あまりにも理想主義で現実味のない、”悪”の出てこない作品が多い作家なので、武者小路実篤の評価は割れますが、私はこういった健全すぎるほどのハッピーエンドな作品を時(乱歩や久作を読んだ後など)にとても渇望してしまいます。
主人公は、母子家庭に育った内向的青年野島。彼の才能を認めている裕福で快活な友人宮津の家を訪れるようになり、妹の正子に恋をするようになります。自分の経済的状況や容貌等に思い悩んだり、裕福な友人に嫉妬したり、逆に都合良く空想したり、主人公野島は煩悶しますが、正子も彼を想っていました…。古き良き礼儀ある時代を舞台にした、出てくる人間が全て純粋で悪人の全く出てこない理想世界のハッピーエンド恋愛小説です。
「重右衛門の最後」田山花袋
新潮版では、文学史に出てくる自然主義の名作「蒲団」と併録しています。「蒲団」も、去っていった女弟子の蒲団の匂いをかぐ中年作家の心理描写など楽しめる作品ですが、”美”と”醜”の対比が心に残る「重右衛門の最後」を紹介します。
旧友の住む北信州を訪ねた主人公は、山並みや集落の美しさに感嘆します。しかしここでは放火騒ぎで村中が揺れていました。犯人は重右衛門という身体に障害をもった凶暴な男と小動物のような娘であることはわかっていたのですが、証拠がつかめない村人は、思いあまってついに彼を殺害する計画を立てます…。美しい村の風景描写と村落の閉鎖性の対比が印象に残る作品です。
こういった白樺派や自然派と呼ばれる傾向を持つ小説は、時流などで評価が大きく変わり、今はあまり評価が高くないかもしれませんが、私にとってはどちらも異世界へといざなう魅力的な名作です。
蒲団・重右衛門の最後